古代インドの戦士達が戦場において健康を保ち、エネルギーをつけるためにモリンガ茶を飲んでいたことを知っていますか?

モリンガの効能を知ってもらいたいという想い

2010年に薬学の研究員である3人のパキスタン人が、「モリンガ:自然の贈り物」という論文を発表しました。ちなみに3人のうち1人は薬物研究所勤務、もう一人はパキスタンのパンジャーブにある薬科大学に勤務しています。彼らの論文は毎月オンラインで発行されている薬学研究の国際的専門誌に掲載されました。

彼らの論文の目的は、「奇跡の木としても知られる食用植物モリンガを摂ることで得られる効果について、人々にもっと知ってもらうこと」でした。

そこから察することが出来る通り、彼らは自宅の庭でも育てられる植物について製薬会社の利益のためでなく、純粋にモリンガの効能を知ってもらいたいという思いからこの論文を書いています。
またモリンガの歴史に関して、次のように述べています。

「モリンガについての土着の知識や使用方法は、パキスタンも含め80か国以上で記述が残っており、200以上の言語で引き継がれています。
また様々な地域社会でも利用されており(ローマ、ギリシャ、エジプト、インドなど)、何千年以上もの歴史があります。

さらに、モリンガの歴史は紀元前150年まで遡ることができます。
古代の王や王女が、精神的敏捷性や健康な肌を維持するために、モリンガの葉やフルーツを使った食事制限をしていたという歴史的な証拠が残っています

古代インドの兵士とモリンガ茶の関係

彼らは論文の中で、以下のようにも語っています。

「古代インドのマウリヤ朝の兵士は、モリンガの葉のエキスを戦線で摂っていました。この万能薬(薬用)ドリンクはエネルギー補給や、ストレスや痛みの軽減に効くと信じられていました。この勇敢な兵士たちは、アレクサンドロス大王を打ち負かしました」

打ち負かした、と彼らは論文の中で言っていますがもちろん、直接剣を交わしたわけではなく… 以下のような「間接的な」理由によるものです。

モリンガ茶によって、アレクサンドロス大王が実現できなかった偉業を成し遂げた

アレクサンドロス大王は、全世界を征服したいと考えていました。その時点では、インドが最果ての地だと思われていたので、インド亜大陸(現在のパキスタン)に遠征しました。アレクサンドロス大王は現在のパンジャーブ付近まで征服しましたが、勝利の代償は大きく兵士たちは疲れ果て、彼の軍隊はパンジャーブ付近からさらに東に進むことを拒否しました。アレクサンドロス大王は最終的に軍隊と役人の意見を受け入れバビロンに戻り、3年後に亡くなりました。

アレクサンドロス大王の死から1年後、マウリヤ朝ができました。マウリヤ朝の戦士は象に乗っていたことで有名で、紀元前322年から185年頃の間、古代世界の超大国となりました。その間に西に遠征し、アレクサンドロス3世の死後の混乱状態にあったインダス川流域からギリシア勢力を一掃しました。その時に活躍した兵士たちが、モリンガの葉ドリンクを健康と体力増強のために飲んでいたと伝えられています。

このマウリヤ朝の兵士の話によって、2000年以上前にモリンガがどのように使われていたのかについてがわかります。そして古代の兵士がすでに知っていたモリンガの効能が、私たちのこの時代にも、少しずつ知られるようになってきています。